ラグタイム・ママは軍事オタク その1
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リカルド 2008年04月17日 00:15 貴族の家系のチャーチルの館は如何に?お城?
ragtimema 2008年04月17日 01:03 リカルドくん、
チャーチルは『ブレナム宮殿』というオックスフォード北部の宮殿に住んでおりましたよ。チャーチルの寝室まで見てきたのに、チャーチルをよく知らなかったのでその後は猛勉強でした(笑)。
裕美・ルミィヤンツェヴァ
リカルド 2008年04月17日 17:43 チャーチルは、戦争には勝ったけど、大英帝国を滅ぼしました。チャーチルでなかったら、ドイツと早めに講和し、帝国を維持できたと思います。いずれは解体するでしょうが‥‥
ragtimema 2008年04月17日 18:37 リカルドくん、
チャーチルはジュリアス・シーザーやナポレオンに憧憬を抱いていた程の帝国主義者でした。ですから、大帝国を滅ぼしたのは無論彼の意ではないと感じます。戦争での勝利は彼の卓越な戦略法の御蔭、大帝国解体は中近東での石油問題と植民地での紛争勃発が原因、また、同時期に彼自体の病症悪化と避けることができなかった事態だったと思います。それでも尚、彼は現在でも英国民より偉大な人と見做されている程、国家の為に貢献した人であります。
裕美・ルミィヤンツェヴァ
リカルド 2008年04月17日 20:47 でも、彼は第一次世界大戦のときガリポリの戦いの責任をとって辞任していますし、第二次のときもナチスの柔らかい下腹部作戦は、失敗と言えます。彼の軍事的才能は?です。でも、第一次大戦のときに、戦車を考案させたのは大したものといえるでしょう!
ragtimema 2008年04月17日 22:08 リカルドくん、
『ガリポリの戦い』ではトルコ側の頑強な抵抗によりチャーチル作戦は失敗に終わりましたが、それでも尚、陸・海・空の三軍総力を結集させた大規模上陸作戦は世界初の試みであり、オーストラリア、ニュージーランドの連合国軍参加もこれが初、国際的舞台で繰り広げられた戦闘に於いては失脚に終わったが、後のノルマンディー上陸作戦でも分かるように成功に繋がる基礎を築いた戦いであったと言えるでしょう。これに関してはメル・ギプソン主演の『GALLIPOLI』とう映画が実に印象的。
第二次世界大戦では、チャーチルは自ら戦時指導に当たり、総力戦を組織化して『バトル・オブ・ブリテン』を勝利に導くなど、強力な指導力を見せたと思います。イギリス海軍は第一次大戦から第二次大戦まで精強な艦隊を維持しており、ドーバー海峡とイギリス海峡にドイツ海軍の艦艇を派遣させませんでした。それ故にドイツはライン河内陸河川用運搬船を上陸用舟艇に転用していたくらいです。また空軍輸送機で地上部隊を輸送させなければならないという困難にも追い込まれました。
連日のイギリス船団攻撃にも関わらず比較的少ない被害で済んだのはドイツ空軍が雷撃機の開発を怠っていたからでしょう。一方、イギリス空軍はレーダー網、防空ダウディング・システムをフル活用し、港湾の上空で迎撃、待ち伏せするという巧みな戦略法を使用しております。この戦闘ではイギリスよりもドイツ側の被害の方が明らかに大きかったです。
因みに1940年5月1日から1945年5月9日までナチス・ドイツに占領されていたジャージー島を昔見に行ったことも御座います。洞窟の中にあるナチスの病院は鳥肌ものでした。ここは未だに脱税者の集合場所、租税回避地とはすごいですよね。
裕美・ルミィヤンツェヴァ
リカルド 2008年04月17日 22:49 イギリスの防空システムはチャーチル登場以前にすでに確立されていました。ローマは1日してならずです。ナチスの病院が鳥肌ものとはどういうことですか?
リカルド 2008年04月17日 23:08 ドイツ海軍には、航空隊がなく、雷撃の発想じたいありませんでした。真珠湾の成功によって、初めて雷撃を検討しはじめたというていらくでしたから。空軍元帥ゲーリングに言わせると、なんで船の上に落とすことができるのに、海に投げ出すんだと‥‥‥
ragtimema 2008年04月17日 23:37 リカルドくん、
『バトル・オブ・ブリテン』の趨勢を決したのはイギリス空軍のパイロット養成システムだったと言われております。この時、ロンドンをドイツ空軍から護ったのはアックスブリッジ戦闘指揮所のキース・パーク空軍少将率いる第11戦闘機群です。ロンドン周辺空域を7個のセクターに分け、各セクター毎に中隊は配置されており、担当セクターから敵機を排除することを任務としておりました。
勿論、戦闘機軍団の前進であった訓練軍団は1926年に既にありましたし、チャーチル内閣発足以前に軍用機の近代化や量産は施されておりました。それが正に司令官ヒュー・ダウディング大将が航空省と練ったイギリス本土防空計画です。これにより戦闘機スーパーマリン・スピットファイアと戦闘機ホーカー・ハリケーンからなる46個戦闘機中隊が見積もられ、1939年中には部隊編成の達成が成されておりました。通常ならば世界恐慌の影響を受け、大戦勃発の直前になって焦り出したのですが、仰る通りこの計画は時間を掛けてじっくりと練られたものでした。
チャーチル首相の戦闘機派遣命令で前進攻撃隊での損失があったのは確かですが、民間企業に委託して新造機の生産や定数確保に貢献したのも真実、ここでは手際よくアメリカに協力を求めたところも勝利に繋がった重要な要素だと信じております。
ナチスの軍隊病院は外部からは絶対に確認不可能な岩の中にあり、その中に自分が居るだけでもぞくぞくするような負傷兵たちのフェイクが展示されてあったのです。普通の美術館や博物館を鑑賞するのとはまた違った真実味と生臭さがそこにはありました。
裕美・ルミィヤンツェヴァ
http://plaza.rakuten.co.jp/ragtimema/
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